Category: 建築家系

塚本由晴

« 塚本由晴 |  »

先日、朝に髪をブラシでとぐしていたら、髪の毛があまりにも剛毛でブラシが根元から折れた。ブラシが折れるなんて想像していなかったので、朝からかなりビックリ事件。そんなどうでもいい話は置いといて、『つ』ということで、『塚本由晴』で。

日本の建築家。建築家ユニットのアトリエ・ワンとして活動している。
僕が大学生のときに活躍をしていて(いまも活躍しています)、講演会やトークショーにもよく行きました。 街に溢れている建物を観察して、普通の中にある普遍的な美しさや魅力を引き出すことをしている。建物もすごく特徴的で、その図面表現も独特ですごく好きな建築家のひとり。

つぎは『塚本由晴』の『る』です。

 

WindowScape 窓のふるまい学

By , 2012年3月7日

丹下健三

« 丹下健三 |  »

いやいや機械音痴の人こそ、iPhoneを持ってほしいね。使いやすいから。僕も最近やっとiPhoneを使いこなすようになりました。僕個人のブログ更新は、最近iPhoneでやっています。さて、『た』ということで、『丹下健三』で。

日本の建築家。日本の近代建築の巨匠。
有名な作品は数多くあるけれども、僕の一番好きな建築作品は、代々木体育館。はじめて代々木体育館に入って、あの吊り構造を体験したときは、鳥肌が立った。本当に素晴らしい建築作品。
でも、取り壊させる丹下建築もある。赤坂プリンスホテルもそのひとつ。原因は、廊下の天井高さが低いこと。 それでも、丹下健三の建築作品は数多く残されている。いずれ丹下建築は世界遺産になるだろう。

つぎは『丹下健三』の『う』です。代々木体育館

体育館

By , 2011年12月7日

チャールズ・レニー・マッキントッシュ

« チャールズ・レニー・マッキントッシュ |  »

イサム・ノグチの作品は好きですね。特に和紙を使った繊細な照明器具には日本人の心を感じます。さて、『ち』ということで、『チャールズ・レニー・マッキントッシュ』で。

スコットランド建築家。植物の曲線的な美しさを表現したアール・ルーボーを提唱した人のひとり。
建築家だけれども、あまり多くの建築作品を残していない。彼が設計したヒルハウスという建築物に置かれている椅子のほうが彼をもっとも有名にさせたといっても過言ではない。その名も「ハイバックチェア」。背もたれが以上に長い。でも、そのバランスが美しい。大学の美術の授業でハイバックチェアを写生したが、その美しいバランスを書き写すのは至難の業だった思い出があります。

次は『チャールズ・レニー・マッキントッシュ』の『ユ』です。

By , 2011年11月11日

イサム・ノグチ

« イサム・ノグチ |  »

つい数日前、「贈与税」という言葉を朝のニュースで耳にしたばかりです。震災の影響(液状化)により大変な損害を受けた浦安周辺は、土地を子孫へ残しても価値がほとんどないそうな・・・だから、せめてその際に掛かる贈与税が少なくならないかと議論になっているそうですね。
贈与税の『い』ということで、建築家の『イサム・ノグチ』です。

アメリカ生まれの日系アメリカ人(父は日本人・母はアメリカ人)であるノグチはコロンビア大学で医学を専攻するも、一方で夜間のレオナルド・ダ・ビンチ美術学校で彫刻を学んだ。
卒業後は彫刻活動をする一方でハーマンミラー社のジョージネルソンの依頼でテーブルをデザインする。この時のノグチ・コーヒーテーブルは一度廃盤になっているが、多くのファンによる要望により復活し「テーブルの傑作品」とまで言われているそうです。
ちなみに広島平和記念公園の慰霊碑にノグチのデザインが選ばれたにも関わらず、アメリカの人間を理由に選考からから外れ、後にアメリカ大統領の慰霊碑を設計すると日系人を理由に却下されるという経歴をもつ。

次は『イサム・ノグチ』の『ち』です。

By , 2011年11月6日

ルービックキューブ

« ルービックキューブ |  »

今回はちょっと番外編
ということで、『ルービックキューブ』!意外と建築と全く関係が無いわけではないみたいですよ。

ルービックキューブは言わずと知れた、3×3=9の色が付いた正方形で構成された立体のパズルです。
ばらばらにした6色の色をどれだけ早く揃えられるかを競うのですが、私は揃えられた試しがない!(勝てない勝負は挑まないので)
ちなみにこの6色の色は皆さん言えますか?一応正式に決められているそうですよ。答えは、赤・白・青・緑・黄・オレンジだそうです。
こちらのルービックキューブを発明した人はハンガリーの建築学者であった「ルビク・エルネー」が考案したそうです。ルビク・エルネーはルービックキューブの他にも数々の立体パズルを発明しているそうです。
ルービックキューブの起源は、エルネーがドナウ川の流れを見ていて思いついた三次元幾何学を説明するための「動くモデル」だったそう。
ルビク・エルネーは建築を大学で学んだ後、屋内建築や彫刻などの研究をしていたので、そういった研究の中で身についた立体的な感覚がなければこんな発明は出来なかったのではないでしょうか。

ということで次は『ルービックキューブ』の『ブ』です。

By , 2011年10月9日

スティーブン・ホール

« スティーブン・ホール |  »

はじめてエッフェル塔を見たときは感動しましたね。トラスも素晴らしいけど、装飾的なデザインが素晴らしい。東京タワーは建築というよりは、土木構造物。個人的には嫌いじゃないけど、一般的には東京タワーよりもエッフェル塔のほうが人気ありますよね。さて、『ス』ということで、『スティーブン・ホール』で。

アメリカの建築家。アメリカを代表する最高の建築家とも評されることもある。
有名な作品は、「ヘルシンキ現代美術館」。この作品の建築理論は独特だ。計画する上で優先順位を決めるのではなく、計画に際する諸条件を同一水準で取扱い、ひとつの織物のように建築を作り上げていく。う~ん、理解不能・・・。
実際に、スティーブン・ホールの建築理論を理解できるヘルシンキ市民は多くなく、「環境に合わない建築」と批判を受けていたらしい。

ということで、つぎは『スティーブン・ホール』 の『ル』です。

Arty Building
Arty Building / Iain Cuthbertson

By , 2011年9月21日

安藤忠雄

« 安藤忠雄 |  »

賃貸マンションのドライエリアだと狭いところもあるけど、分譲マンションではドライエリアを広くしていて、魅力的な空間になっているところがありますね。『ア』ということで、『安藤忠雄』で。

世界的に活躍する日本の建築家。代表作は世界各地にある。
表参道ヒルズも安藤忠雄さんの代表作のひとつ。打ち放しコンクリートのデザインがだけではなく、高層ビルを建てることのできる表参道のエリアにケヤキ並木の高さに合わして、表参道ヒルズの建物高さを抑えている。これこそ、世界のANDOのなせるワザ。

つぎは『安藤忠雄』の『お』です。

 

 

Opening soon
Opening soon / Tighten up!

By , 2011年9月6日

伊東豊雄

« 伊東豊雄 |  »

実際には現場では塗膜防水の信頼性は低かったですね。屋根があって雨があまり入らないバルコニーの防水に使用したぐらいでした。メーカーの10年保証もないしね。さて、『い』ということで、『伊東豊雄』で。

日本代表する世界的な建築家。代表作であるせんだいメディアテークは、21世紀建築のエポックメーキング的な作品として後世に語り継がれるだろう。
個人的には、とてもアクロバチックな構造と、色鮮やかな建築を作っているイメージ。理論を越えた感性の建築家という印象で、伊東豊雄さんの作品集は見ているだけで楽しい気分になる。伊東豊雄建築設計事務所から羽ばたいた所員で、有名になった人は数多い。それもまた伊東豊雄さんの魅力のひとつ。

つぎは『伊東豊雄』の『お』です。『お』は、初登場ですね。

Sendai Mediatheque 45
Sendai Mediatheque 45 / scarletgreen

smt02.JPG
smt02.JPG / scarletgreen

By , 2011年8月26日

菊竹清訓

« 菊竹清訓 |  »

舞台美術って興味ありますね。舞台美術って持ち運びが便利なように軽く出来ているんですよね。建築は普通持ち運びは出来ないけど、モンゴルのパオみたいに移動できたらいいのにと思うときがあります。さて、『き』ということで、『菊竹清訓』で。

日本建築家。1960年代後期から70年代にかけ、黒川紀章らとともに建築と都市の新陳代謝、循環更新システムによる建築の創造を図ろうとするメタボリズムを提唱する。
彼の代表作であり自邸であるのが「スカイハウス」。宙に浮いているような建築で、実は、部屋をぶら下げることができるように考えられていたらしい。エキセントリック!。今は増築して、その ようなことはできないらしい。

つぎは『菊竹清訓』の『り』です。

菊竹

By , 2011年8月17日

山田守

« 山田守 |  »

コンクリート工事は「戦場」。時間との戦い。特にコンクリート打放しの建物の場合は、コンクリートの打設の段取りを間違えたら、打設不良による空隙(ジャンカ)ができてしまう。本当にコンクリート工事は緊張します。さて、『や』ということで、わが母校の東海大学の設立にも関わった建築家、『山田守』です。

日本の建築家。逓信建築の先駆者的存在で、モダニズム建築を実践した。
近代建築の巨匠であるル・コルビュジェやヴァルター・グロピウスと交流を持っていたらしいが、日本の近代建築史において、あまり大きく取り上げられることはなかった。その理由としては、1964年に山田守が設計した古都の景観を乱すと批判された京都タワーが原因かもしれない。しかし、今では、京都駅前のシンボルとなっている。東海大学では、山田守が設計した校舎を修復しながら、今でも使用している。

つぎは『山田守』の『る』です。

Nippon budoukan 05f 日本武道館.JPG
Nippon budoukan 05f 日本武道館.JPG / midorisyu

By , 2011年7月27日

Staypressed theme by Themocracy